第十五回

「B・Y・H(ビー・ワイ・エイチ)」

 塾という職業を選ぶ人には、たいてい「理想の先生」という、その人にとって「自分もこんな先生になりたい」と目指す方がいることが多いと思います。
 しかし私には、大変お世話になった先生方はたくさんいらっしゃるものの、正直なところ「目指す目標の先生」というのはいません。それでも、「あの先生の、あんなところはよかったな。」ということはあるのですが・・・

 私が中学生の時、学校の社会科の先生で、自分のことを「B・Y・Hと呼べ!」という先生がいました(通称「BY」と呼んでいたので以後、BY先生と表します)。意味は「Beautiful Young Handsome」(ビューティフル・ヤング・ハンサム)だそうです。今でいう「G・T・O」のようなことを言っておったのですが、実際どうだったかというと・・・・・、白衣を着た(理科の先生でもないのになぜか毎日白衣を着ていたのです)、いかにもマンガに出てくるような「イカレた中年博士」っていう感じでした。(ちなみに、このBY先生の得意なフレーズで今も忘れられないのは、「世界の3大美人を言ってみろ!答えはクレオパトラと小野小町と、うちのかぁちゃんだ!! 覚えておけ!!!」でした)

 そのBY先生は、時代が時代だったために、むちゃくちゃな先生でした。暴力を振るうことはなかったのですが、灰皿持参でタバコを吸いながら授業をしたこともありましたし、生徒に対し、とてもここには書けないような罵詈雑言を浴びせたりなど、それはひどいものでした。

 ある日、社会の時間、一問一答の復習の時間がありました。BY先生が問題を出し、生徒がそれに答えるのです。一人ずつ順に当たり、答えられないと必ずひどい言葉をかけられた上に立たされます。当時、勉強というものとあまり相性のよくなかった私はまったく復習などしておらず、一問一答では当然何も答えられませんでした。そのときにBY先生に言われたことが、あまりにひどい言葉(具体的な内容は忘れてしまいました)だったので、勉強してこなかった自分が悪いとはいえ、ふてくされてしまいました。 

 そんな様子をすぐに察し、その後全員で問題演習を行っているときに、BY先生は私のそばに来て「くやしいか?」と聞いたのです。ふてくされてはいても、ひねくれてはいなかった私は、素直に「はい」と答えました。すると「次回はちゃんと勉強して来れるか?」と聞いてきたのです。そして私は「はい、必ずやって来ます」という、言葉巧みな悪魔との契約であるかのような約束をしてしまいました。「言ってしまった以上、やらなくては」と、その日の夜に教科書・ノートを開き、必死になって内容を覚え、次の日の授業に臨みました。

 一問一答はスラスラ答えられ、さらに出された追加問題にも答えられました。そのときBY先生は本当にうれしそうな顔で「よくやってきたエライ!」 たったこれだけの言葉ですが、誉めてくれました。

 それ以来、私は社会が好きになり、他の科目もつられて勉強するようになりました。まさに「復習をすれば授業がよくわかる」を体験した初めての経験でした。子どもってちょっとした言葉で傷つきもするし、やる気にもなるものなのです。誰もが誉めるだけで伸びるわけではありませんが、できることなら誉めてあげたいと、今考えるのはきっとそのBY先生のおかげなんですね。

 私が中3のとき交通事故に遭われてしまい、長期入院ということで代わりの先生が社会を担当されたので、それ以来、BY先生にお会いすることもなかったのですが、それから数年後、私が近所の学習塾でアルバイト講師をしていて、自分の出身中学へ通う生徒に、「自分が社会を好きになったのは、いや、勉強をするようになったのはB・Y・Hのおかげなんだ。」という話をしたところ、何とそれを生徒がご本人に伝えてしまいました。(・・・まだ、同じ中学にいらっしゃったんですね・・・。) そして「まあ、顔や名前は覚えていないけど、うれしいね。がんばってくださいと伝えてくれ。」とのお言葉を頂きました。

 憧れるわけでもなく、ましてや、イカレた博士のような姿にはなりたくはありません。しかし、私に勉強をするきっかけを与えてくれた恩人であることは間違いなく、私の心に残る先生だということは胸を張って言うことができます。
 そして私も、(もちろん良い意味で)心に残る先生となれるよう、日々がんばり続けています。 

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