第十七回
「カリスマ」
塾の先生にとって大切なことは何だろう?
目指すべき姿は何だろう?
時々、そう自問自答します。
「教え方が上手」「知識がたくさんある」「親身になってくれる」など、
一般的にイメージされるようなことも、当然、大切だと思います。
実は、私は数年前まで「塾の先生として一番必要な要素は何か」という問いの答えとして、「カリスマ性」を挙げていました。
カリスマとは本来、超常現象のような、予言や奇跡を行う超能力のことを指すらしいのですが、全くそういう意味ではなく、「あの先生から教えてもらえれば大丈夫」といった絶対的な安心感という意味です。
「教え方が分かりやすい」「やる気にさせてくれる」「質問しやすい」などのこと全てを含んで、決して薄っぺらな人気ではない、絶対的な存在を目指すべきと思っていました。
しかし、それから世の中に「カリスマ美容師」なる言葉が流行りだして、何でもかんでも「カリスマ」という言葉がつけば「すごいぞ!」という意味になってしまい、ずい分とその言葉が安売りされるようになってしまったように感じます。
今でも時々「カリスマ講師!」「伝説の講師!」などという言葉で、塾の先生を表現していることもありますが、今ではむしろ、そういう表現をされると「ウサんくせーっ! ホントかよ?」としか思わなくなりました。
そんなことがあって以来、私はそういう表現をしなくなりましたが、では、改めて今聞かれたら何と答えるか・・・。以前より答えるのが非常に難しくなってしまいました。
なぜなら、この数年で私の考え方もだいぶ変わり(トシのせい?)、「良い先生」とは生徒たち一人一人によって、それぞれ違うはずと思うようになったからです。
一見、おっとりしていて生徒を引っ張っていく力が無いように見える先生も、引っ込み思案な生徒にとっては波長が合うかもしれません。
話し好き・世話好きでぐいぐい生徒を引き付ける先生も、生徒によってはかえってうざったく感じたり、圧倒され過ぎてしまうかもしれません。
ですから強いて言えば、「その生徒にとって一番良い先生」という表現になるのです。
つまり、たくさんのキャラクターを持っていて、それを各生徒に合わせて使いこなせることだと思います。もちろん、演じるのでなく、たくさんの要素の中から相手やその時の状況に合わせた性格に成りきることであり、厳しい先生になったり、やさしい先生になったり、面白い先生になったり、真面目な授業を行う先生になったり。こんな感じです。
もちろん根底に、人柄がよいこと、教える技術があること、生徒の状態(勉強面で今何が必要なのか、どういう教え方が一番合うか)をすぐに見抜く能力を持っていることなどが必要であることは言うまでもありません。
さらに、良いクラス授業を行うためには、クラス全体を引っ張っていく力も必要となります。
こうやって考えていくと、超人でなくては理想の先生になんてなれないですね。
だからこそ目指すべきことであり、それに一歩でも近づけるよう、日々努力すべきことと考えています。