第二十三回
「あともう一歩勉強してくれたら・・・」
最近、授業を行っていてつくづく感じるのが「あともう一歩覚える努力をしてくれたら…」ということです。
授業で考え方、解き方などを説明するときには、いくつか覚えてもらうべきこと(私の担当の数学では公式や基本例題など)が出てきます。しかし、生徒たちはその場では覚えようとはしてくれるものの、それっきり・・・。つまり、家で復習をしないということが非常に多いのです。
授業で習って「それっきり」にさせないために宿題を出すのですが、『授業で習ったことを思い出し、その上で解く』なんて生徒は一握り。大多数の生徒は『とにかくノルマをこなす』という感覚だけで取り組んでいます。当然、次の授業では「記憶の掘り起こし」や「知識の再構築」に時間を大きく割かねばなりません。
(授業の序盤に復習の時間を設けたり、同じことを繰り返し教えたりするのは生徒たちに必要なこととして行っていますが、それは知識の積み重ね・厚塗りをするためであって、リセットされた頭に知識を再入力するためではないのです。)
それに甘んじることの無いよう、日々説き続ける毎日なのですが、どうも最近の生徒たちは、復習という習慣が定着しづらいようです。生徒たちだけでなく、最近の子どもたちの傾向でもあるようです。
(ちなみに、塾に来て授業の前に行おうとする不届き者や、宿題の存在自体忘れてしまっている生徒が、白眼視され鉄槌を下されるであろうことは言うまでもありません。)
元々人間の脳は、1回見聞きしたことを100%記憶することなんてできないのです。(この1年間で飲み食いしたものを全て順番になんて答えられませんよね。)
よほどのインパクトが無い限り、習ったことだって2、3日も放って置けば忘れてしまうのは当たり前なんです。
だから、「この間説明したでしょ?」ということも忘れてしまったたり、もう一度説明をしたときに「ああ、そうだったっけ?」ということになったりするのです。
習ったことをその日のうちにしっかりと思いおこし、説明されたポイントを整理しておくだけでも、ずい分と記憶できることに違いが出てくるものです。小学生などで時々見かける、「特に勉強をしないにも関わらず、できる子」というのは、無意識のうちに(または幼児教育の中で培われて)この辺のことを要領よく行っているケースも多いと思います。
逆に、授業中はボーッとほかのことを考えたり、集中力が無かったりすれば、「ただ勉強時間に教室にいるだけ」であれば、学力向上に大きな効果は期待できません。家に帰っても「今日、何を習ったんだっけ」と授業の記憶は残っていないでしょう。そのような生徒に限って「今日は塾で勉強したのだから、家で勉強をしなくてもいいでしょ!?」なんてことを言ったりもします。塾で勉強してきたからこそ、その知識を記憶に留める作業が必要なはずなのに・・・。
「勉強なんかしなくてもいい。世の中にはもっと大切なことがある!」などと無責任なことをいう大人もいますが、それは勉強で努力を続け、その上で悟るべきことであって、大した努力もせずに最初からおいそれと口にしてよい言葉ではありません。
そもそも学校教育のシステム自体が違うので、我々大人が受けてきた授業と今のカリキュラムによる授業とでは比較ができません。(少なくとも、体罰も当たり前のように存在し、居残りなどの罰則もあったなどという、強制力といった面にも明白な違いがあります。)今の時代は私立学校でもない限り、本当に必要最小限のことを教え、必要最小限のことしかさせない(←教育制度の問題であって、先生の質の問題ではありません!!)傾向にあります。ですから、その中で「もっと勉強したい人は自分で自由にやっても構いません」なんて言われても、これだけ娯楽のあふれる環境の中、そうそう「勉強をもっと自主的にやろう!」という殊勝な発想が出ることは望めません。
ですから、一昔前の頑固オヤジのように「勉強なんてぇ、学校の教科書さえだいたいわかりゃーいーんだ!」なんてことを思っていると、あっという間に取り返しのつかない子どもが出来上がります。
大多数の保護者の方から、学校(特に公立小学校)の教科書は易しすぎるという感想をうかがっています。当然、「学力低下」につながるという認識からのものでしょうが、現状はさらに深刻です。「学力低下」というよりも「考える力を養われていない」子どもたちは、普通の大人が考えているよりも数が増えてきており、年々深刻な状況におちいってきています。
「考える力を身につけるための訓練」であるべき学校での勉強なのに、学習内容は大きく削られています。そして身の回りには、考えたり工夫したりしなくても、ある程度のお金さえあれば簡単に得られてしまうサービスがあふれています。このような環境下で生活する子どもたちが、どうしたら「考える力」を身につけられるというのでしょう。当然、自主的に身につけることなど、ほとんど無理と言わざるを得ません。
また、これらのことは若年層のモラル低下にも大きく関係しているのではないでしょうか。ふだんから考える習慣が無いから、深く慎重に考えることを面倒くさがったり、表面的だけの上っ面だけのものに飛びついたりするのではないでしょうか。
話がずいぶん大きくなってしまいましたが、我々は日々「今日習ったところをしっかりと覚えておくように」訴え続けていますし、少しでも記憶に残りやすい授業であるよう、日々工夫と努力を重ねています。